profiles

CAPEDSメンバーの紹介ページです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

企画局長:御村明日香

aska.jpg

~静岡生まれ、三重育ち、現在茨城のつくばにて活動中。



~筑波大学国際総合学類3年次。
趣味:世界の挨拶を覚えること。旅。子どもと遊ぶこと。食べること寝ること。ちょっと難しそうな話題について人と話すこと(でもよく分かりません)。単位とかお給料とか数字を見てにやつくこと(笑)。

~興味分野は途上国の障害児教育。
インクルーシブだけではまとめられない、
土壌をひっくるめた現地の教育を伝えられるといいなぁ。

~現在、特別支援学校(旧養護学校)の教員免許を履修中。
日々サバイバル。
友達がバイトに勤しみ、ランチを楽しむ傍ら、
私は眠い目をこすり、知らない人に囲まれて、一日教室に幽閉される日もしばしば。
今年で恐らく170単位は取れるでしょう。

~CAPEDSとのかかわり。
いろんなボランティア仲間を経由して紹介してもらい、
ある日突然MTにいきました。
2,3回MTに出たら、
なぜかチャリティーパーティーの担当になっていました。
企画なんてやったことなかったくせに、
次々やってくる仕事に文句を言いながら、
何とか当日を迎えることができた。
知らない間に他のサークルの友達も増えてて、
やってよかったなぁと今なら思えます。

今は筑波支部の副代表兼イベント係、全体では企画を担当しています。
夏には2ヶ月逃亡しようと思っているのに、
仕事が片付きません。
毎日がインターン。自分のスケジュール帳との格闘です。

CAPEDSは、本当に自分が試されるところですね。
仕事のできる人間を目の当たりにして、
おんなじ仕事をするたびに圧倒され、へこんで、
でもたまに自分のネットワークやアイディアが生きたりして、
そしたらそれに責任を持たなければいけなくて、
当たり前だけど。

そんな中で誰かさんに言われた言葉にしがみついて、
CAPEDSに居座ってます。
「CAPEDSに流れがあるんじゃなくて、自分で作るんだよ」
「大丈夫だよ、能力あるんだから」
「まわりができすぎで凹むけど、凹んでる時間もないよ」

ボランティアってなんだろう。
どうして私は日本人に生まれたんだろう。
何のために教育を受けるんだろう。
障害者は守られるべき存在なのか。
目が見えないってどんなだろう。
学生だからできることって何だろう。
自分が今できることは何だろう。

疑問はつきませんが、自分のほかの活動、スキル、自分のネットワーク、それからアクセスできる資源に情報、すべてを生かしつつ、CAPEDSのこれからの展開に関わって生きたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
スポンサーサイト

理事:福地健太郎

fukuchi.jpg

【経歴】

1984年大阪府生まれ。
2歳で両眼を失明。
周りの支援を受けつつ、幼稚園から高等学校まで、地域の普通学校で教育を受ける。

2003年筑波大学第2学群人間学類入学。
教育学を選考。専門はインクルーシブ教育。
ブラインドサッカーを通して、アブディンに出会う。

2005年5月筑波大学のヤドカリ祭にて、タピオカジュースを販売し、
スーダンに点字板を送る。
2005年9月から、2006年8月まで休学し、
ダスキンあいのわ財団の第25期研修生として、アメリカ、タイで研修を受ける。
2005年9月から同年12月まで、
アメリカワシントンDCのGeorgetown大学にて、教育社会学、社会学を学ぶ。

2006年1月から3月まで、
バージニア州・アーリントンの自立生活センター
”ENDDependent Center of Northern Virginia”にてインターンシップ。
ピアカウンセラーとして地域の障害者の生活をサポート。
2006年4月から7月まで、タイの障害者インターナショナル、
アジア太平洋地域オフィスにて、インターンシップ。
国際的な障害者の権利擁護活動を学ぶ。
2006年8月、
日本障害者インターナショナル(Disabled Peoples International Japan)のインターンとして、
第8回障害者権利条約策定委員会への傍聴団に参加。
権利条約について学ぶとともに、討議の速報の作成にも参加。
2006年9月復学。

2007年3月、アブディン、バシール、ヒシャムとともに、
スーダン障害者教育支援の会設立。

2008年1月、“UNESCO EFA Flagship Workshop for Asia Pacific Region”に
リソースパーソンとして参加。
当事者として、インクルーシブ教育の経験と展望を発表。
2008年3月、筑波大学を卒業。
2008年4月、UNESCOアジア太平洋地域オフィスでインターンシップ。
インクルーシブ教育の内部向けコンセプトノートの草案をまとめ、
インクルーシブ教育に携わる教師向けマニュアル作成に関わる。
2008年6月から、日本赤十字社勤務。


【著作】
「オラタイさんと僕の夢」、
2001年度JICA高校生エッセーコンテスト文部科学大臣奨励賞

“The Power of Education”, Inclusion P6. UNESCO, Paris, November 2006

“My Hope for An Inclusive Society”,
The Sport in the United Nation's Conventions on the Rights of Persons with Disabilities Pp10-12, Center of Sport in Society
North Eastern University, IL U.S, 2007

「ようこそ筑波大学へ 私のキャンパスライフ」、
ノーマライゼーション2007年8月Pp52~53、日本リハビリテーション協会

“How Do We Learn Together? A Practice of Inclusive Education in Japan”,
EENET Asia, Fifth Issue, Pp 22~23, April 2008



【CAPEDSとの縁】
 良き友人であるモハメドアブディン氏との付き合いは、かれこれもう5年になろうとしています。「日本の福井に3年、雪の上にも3年いた。」となんだか面白い自己紹介をするへんな外国人との出会いはまさに衝撃でした。
 その後ブラインドサッカーのチームメイトとして、体力のない者どうし、同じポジションを交代で務め、馬鹿な話をし、彼が移籍してはライバルとしてやってまいりました。そもそも障害、教育、国際協力に関心のあった私にとって、同じ障害者として、外国人として、アブディンから聞くスーダンの話は、とても興味深いものでした。
 2005年の5月に筑波大でタピオカジュースを売って点字板を送って以来、もっと効率よく行動するための団体を設立しようと、ずっと話し合ってきました。
 もちろんいつも話し合いは偉大なる馬鹿話へと発展し、なかなか実を結ぶことはありませんでした。そして2年間温め続けた思いが形になったのは、去年の3月、そして今年NPOとして認定され、事務局としてかかわってくれる友人たちにも巡り合うことができました。
 振り返ると、ほんとうに感慨深いものです。当事者だから共有できる願、日本人であるが故の考え方の違い、プロジェクトや団体の運営、そして何よりもまじめにどうでも良いことを話して笑える仲間、CAPEDSは私にとって、たくさんのものを与えてくれます。
 幸運にも地域の学校で教育を受けて来れたこと、たまたま外国に関心を持ったこと、そしてスーダンからきた友人に出会ったこと、これらすべてが私にCAPEDS設立に関わる決心を促し、そしてこれからの挑戦へと駆り立てる要因なのだと思います。
 今後ともみなさまのご指導をよろしくお願いいたします。

事務局長:並木麻衣

capedsprofile.jpg

【経歴】
1984年、東京生まれ。
現在東京外国語大学にて学ぶ傍ら、
2009年より勤務予定のユナイテッドピープル株式会社にてインターン中。
専門はアラビア語、パレスチナ・イスラエル平和構築。
CAPEDSでは主に全体運営を担当する。



2003年 千葉県立東葛飾高等学校卒業
2004年 東京外国語大学アラビア語専攻入学
2006年より大学を1年間休学
2006年 パレスチナ自治区・西岸ビールゼイト大学留学
       (アラビア語、パレスチナ関係専攻)
2007年 イスラエル・ヘブライ大学留学
       (ヘブライ語・イスラエル関係専攻)
2007年 復学
2008年 CAPEDSに事務局員として参加



【CAPEDSとの縁】
同じ大学で学び、アラビア語を母語とするアブディン理事と
知り合って2年が経とうとしています。

知り合う前から彼のことはよく大学で見かけていました。
時々大学構内で「目の見えない人の証」である白い杖を持って
スキップ(!)しながら歩いている彼を
「一体何者なんだろう」とずっと思っていましたが、
その後知人の紹介で、
パソコンを使っての彼の勉強をサポートすることになったのが運の尽き(?!)。
留学から帰ってきて「NGO(当時)を手伝ってくれないか」と持ちかけられ、
軽い気持ちで「いいよ~」と答えてしまってから、
今では立ち上がったばかりのCAPEDSを
いかに安定させるかを考える日々が続いています。

私は日本人で、健常者です。
だからこそ分からないことがたくさんあります。
CAPEDSでの活動は、今までに手に入らなかった視点を私に与え続けてくれます。
スーダンのこと。世界の中で、スーダンに生まれるということ。
障害のこと。「普通」に生きているのに、「普通」として見られないこと。
教育のこと。ここでは「当たり前」に手に入るものが、実は非常に高価である事実。
「社会に参加する」難しさ。失われた自尊心を取り戻す難しさ。
上げても誰にも届かない声。それに耳を傾ける必要性。

ただのボランティア団体では出来ないことを創造出来る可能性。
法人であるからこそ果たさなければいけない責任。
理事も事務局員もお互いに学びあいながら、
NPO法人CAPEDSは大きく成長する可能性を秘めています。

少しずつ、それでいて着実に成長し、
地にしっかり根を張って、いつか数え切れないほどの実を付ける――
当事者であるスーダンの人々はもちろん、
CAPEDSのスタッフも、会員の皆様も、もしかしたら企業や何かだって、
私たちが活動していくことで「実」を味わうことが出来るはずです。
そのためにも「安定」を創り出すのが、一事務局員である私の仕事です。
信頼のネットワークを築きながら、精一杯やっていこうと思います。
宜しくお願い致します。

代表理事:モハメド・オマル・アブディン

abdin



【経歴】
 1978年、スーダンの首都ハルツーム生まれ。幼少期から徐々に視力を失い、12歳には文字の読み書きが出来なくなると同時に、スーダンの国民的スポーツであるサッカーを通じた近所の子供達とのコミュニケーションの機会を失う。


 ハルツーム州の小・中・高等学校を経て、96年ハルツーム大学法学部に入学。その後1998年1月20日、国際視覚障害者援護協会の招聘を受け来日。同年4月から2001年3月まで福井県立盲学校高等部理療科専攻科にて鍼灸マッサージを専攻。
 それらの勉強と並行し、2000年に日本語能力試験1級を取得。またこの間に点字と出会い、10年ぶりに自力で本を読む楽しみを取り戻す。
 2001年3月に同校を卒業。鍼師・灸師・マッサージ師国家資格を取得。同年4月から筑波技術短期大学情報処理学科に入学。ここでコンピューターと画面音声読み上げソフトの使用を習得。他者の力を借りて勉強していたそれまでと異なり、自らの力で情報を集め、発信して他者と共有する手段を得る。
 またこの時期、失明前の幼少期に慣れ親しんだサッカーの練習を同大学の体育の授業で提案したことから、視覚障害者が参加できる「ブラインドサッカー」との出会いを果たす。
 2003年同課程を中途退学、同年4月から東京外国語大学外国語学部日本課程日本語専攻に入学。一方で、発明から180年経った現在でもスーダン国内で点字が普及せず、大学はおろか初等教育にも参加できない母国の障害者の現状を当事者として危惧し、この時期より母国スーダンの視覚障害を持つ子どもたちへの点字学習支援を開始。
 2005年から視覚障害者サッカー普及活動を母国で開始。2006年9月4日付朝日新聞朝刊「天声人語」欄において、これらの障害者支援活動が紹介される。
 2007年に同課程を卒業。同年4月から同大学大学院地域文化研究科国際協力専修コース平和構築・紛争予防コースに入学。また同年3月、任意団体「スーダン障害者教育支援の会」を立ち上げた。 2008年3月4日、同団体はNPO法人として認定を受ける。


【活動】
 2008年現在でも、スーダン国内の視覚障害者は依然として耳学問(他者による音読での勉強)に頼ることを余儀なくされている。しかし耳学問には本の読み手が必要であり、自由に本を読めないことが勉強する上での大きな障壁となっている。そこでこの障壁を克服した当事者の一人として、日本で得た情報や経験を元に、母国の視覚障害者の教育環境整備に力を入れることを強く決意した。草の根の支援から始まったこの活動は、のちに任意団体という形を経てNPO法人格を取得。当事者としての強い思いを胸に、当人は理事長の役職へ就任する。
 初めは筑波大学の学生と共に学園祭でジュースを販売し、得た売り上げ金によって点字板を購入し現地の子どもたちへ送る活動を行った。しかしスーダンの深刻な状況に対して行われる単発的な援助の限界を痛感した結果、持続的な支援を行うために組織を立ち上げる必要性を認識。同じ思いを共有する学生や障害者仲間を中心に任意団体「スーダン障害者教育支援の会」を立ち上げた。この団体は2008年、内閣府の認定を経てNPO法人となる。
 現在までにハルツームの子供たち約300人へ点字板を贈ったほか、ハルツーム大学の「障害を持つ卒業生の会」と連携し、同大学にスーダン初の障害者情報教育支援センターを立ち上げるべく精力的に活動している。またスポーツとしてだけではなくコミュニケーションツールとしての重要性を持つサッカーにも焦点を当て、障害者スポーツの認知度を上げるためにブラインドサッカー普及活動の一環としてボールの贈呈やワークショップを開催している。
 主に紛争面に焦点が当てられるスーダンのニュースの中では、社会的に弱い立場に置かれた人々の現状や声が取り上げられることは非常に稀である。日本人・スーダン人・健常者・障害者を交えた個人的な人間関係から発展した草の根国際協力を率いる身として、今後も当事者の声を代弁し、彼らが真に人間的な人生を送る手助けをするために、進んで発信する活動を続けていく。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。